もじゃハウス®プロダクツ奮闘日記

植物でとにかくもじゃもじゃ『もじゃハウス®』を提案する、京都の建築士事務所もじゃハウスプロダクツのひがたです。

(体験談)樹木医試験対策について ~覚える編

前回の記事では、樹木医試験の基礎勉強について書きましたが、夏に資格試験を控える方々にとって、ゴールデンウィークの連休はまとめて勉強するぞ!と意気込む大事な時だと思いますがいかがお過ごしでしょうか?

私は今年は一級建築士の試験に挑むつもりですので、樹木医試験勉強に追われていた去年同様、連休に合わせて勉強をする日々です。が、帰宅後に2、3時間しっかり勉強しよう!と思って早めに家に帰ったのに結局たいして勉強できずに一日が終わる事が多々あります…。それなのに、忙しくてまとまった時間が取れそうにもない時の方が、隙間時間を工面して勉強する傾向にありまして、社会人の試験勉強はどれだけまとまった時間がとれるか、というよりも、隙間時間をどれだけ勉強漬けにできるかで決まるのではないかと最近、思います。

そんな訳で、隙間時間を有効利用するしかないので、台所の壁、洗面所、トイレ、などの一日数回は必ず滞在する場所に苦手だけど覚えねばならない事を紙に書いて張り出して、そこに立寄った時には必ず目を通すようにして、強制的に記憶する戦法で今年もがんばっています。

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これは今年の写真なので、張り出した内容は建築士試験のものですが、去年の樹木医試験の折には「花芽をつくる時期リスト」や「バイオーム」などの内容を張っていました。覚えるしかないのに、どうしても覚えづらいものっていうのが必ずありますが、この方法だとゴールデンウィーク前に張りはじめたとして、試験までの約3か月間、毎日この紙を見ることになると、興味が無かったとしても人は記憶できるものなのだなと思いました。この勉強方法は吉本芸人、オリエンタルラジオの中田さんがテレビで紹介していて、こういう隙間時間を積み重ねると机に数時間向かうのと同じように結果が出ると力説されていたので実践してみたのですが、やっぱり、受験で結果を出してきた人たちの意見は説得力が違います。同じく、吉本芸人のロザンの宇治原さんの勉強方法も結構参考になりました。

と、勉強方法について長々と書いてしまいましたが…

 

ちなみに、樹木医試験勉強中に得意不得意を踏まえながら必ず得点する科目を明確にしなければ!と思い立ち、そういう意識で過去問を解いていた結果、案外ひねり問題が出る傾向が少ない「土壌」や「菌」を得点源にしようと決めました。菌類は木材腐朽菌、菌根菌、病原菌の大きく分けると3つの分野がある訳ですが、「病原菌」がどーーーしても頭に入らず、苦労したんです。

「何病が何菌類なのか?」という事を覚えてしまえば過去問も解けるのに、それが全然頭の中に入らず、そういうものが覚えやすくまとまってる専門書は無いものかと丸善に走った結果、こんな本がありました!↓

・『植物病理学』大木理著(東京化学同人

残念ながら、植物の病気の本は野菜や花などの農業事例をまとめた書籍が多く、樹木の病気をまとめた書籍は普通の本屋さんではあまり並んでいませんでした(涙。この本も農業向けの本ではありましたが、巻末付録に「植物のおもな伝染病」と題して、病原体ごとに病名と特徴をまとめた一覧表が分かりやすくて素晴らしいです!!

この一覧表で樹木医と関係のあるの病気だけを抜き出すとこんな感じ↓(特徴の抜粋は端折っております)

 

子のう菌類

・サクラてんぐ巣病

うどんこ病(★絶対寄生)

・白紋羽病(土壌汚染)

・ニレ立枯病

担子菌類

・もち病

・紫紋羽病(土壌汚染)

・マツこぶ病(サビ菌類、★絶対寄生

さび病(★絶対寄生)

・ならたけ病

・木材腐朽菌の多く

不完全菌類

・スギ赤枯病

細菌類

・根頭がんしゅ病(土壌汚染)

 

こうしてまとまった一覧を見ると、こんがらがった頭の中が整理でき、絶対寄生菌って案外少ないなと思いました。サビ菌うどん粉病だけなんですよ(マツこぶ病はサビ菌、でも他の樹種のコブ病はそれぞれ病原が違います。樹種で病原が違うのはてんぐ巣病と同じです。)それが分かると心が落ち着きを取り戻し、たった二つ「サビとうどんだけが絶対」だと覚えるだけでいい事を受け止められました。ふー。。。

あと、必殺語呂合わせ術も編み出しました。

担子菌類において

もち(餅)をタンタンつく。(ぺったんでも可) →もち病=担子菌類

・悲しそうに錆びたパイプを(パイプ以外でも可)を握り、関西人のおじさんが一言「これ、さびたんや…」という姿を想像。 →さび病=担子菌類

これで担子菌類の主要な病原はばっちりです!

「もちたんたん&さびたん」記憶法を編み出した私はこれで無事に一次試験を乗り切りまして、つくばの二次合宿中に同期の方にこの語呂合わせ暗記法を教えたところ、想像以上に喜ばれました。みなさん、意外と病原の記憶が苦手だったみたいです。

ちなみに、

子のう菌類のうどん粉病も無理やり記憶する方法があります。

私はまだ小さい姪っ子達に度々うどんを食べさせる機会がありまして、小さく切ってあげたりもするし、回転寿司でも子供はうどんが好きでうどんを頼んであげたりですね…まあ、つまり、「うどん供に食べさせる」と覚えました。

こんな風に、うどん粉病&もち病&さび病の分類と、絶対寄生菌がうどん粉病さび病だという事を覚え、そこから異種寄生とか中間宿主とか、紋羽病は土壌汚染だとか、マツこぶ病やサクラてんぐ巣病を覚え、という順を追って冷静に記憶していくことができたので、「菌」の科目を得点源にする事に成功した気がします。

あと、この記憶術で二次合宿のテストも余裕(?)で乗り切れました。

(体験談)樹木医試験対策について ~基礎編

前回、ブログを数か月ぶりに更新しましたが、昨年夏に開設したばかりのこのブログを全く使いこなせておらず、「コメント」というボタンを初めてクリックしたところ、なんと、コメントを頂いていた事に気が付きました…。つまり、数か月、いや、半年以上も放置していた訳でして、本当に申し訳ありませんでした(汗。

そして、そのコメントで「樹木医試験の勉強に行き詰まっているので勉強のヒントを教えて欲しい」というリクエストを頂きました。

そうなんですよね~、樹木医の試験勉強って過去問集が販売されている事と、樹木医の手引きをベースに頑張れ!という事以外のヒントが世の中にほとんど出回っていないんですよね。しかも、勉強方法をネットにアップされている希少な方の情報も、少し前のものだったりするもので、最新情報が全然入手できないというもどかしさと、この勉強方法で合格に近づけてるの…?という不安でいっぱいのまま孤独に勉強をしているとノイローゼになりそうでした。

そこで、私の樹木医試験対策方法を参考に書きとめておこうと思います!

ちなみに、私が受験したのはH25年度~H29年度です。なんと合格まで5年も費やしてしまいました(涙。そして、私の昔の勤め先は樹木医さんが複数在籍していたので、樹木医試験の情報が全く手に入らない訳ではありませんでしたが、やはり、皆さん、結構基礎的な知識がそもそも備わっていらっしゃる方々が多かったので、ド素人レベルで起訴が欠落している私には、その方々から頂いた「過去問を10年分やれ」というアドバイスだけでは補いきれませんでした…。

それからですね、近年、樹木医補という資格ができたのはご存知でしょうか?

大学などで指定の講義や実習を履修すると取る事ができ、樹木医受験に必要な実務経験年数などの条件が優遇され、かなり若くして樹木医を受験できるという資格ですが、私が昨年二次試験の合宿で一緒だった研修生の中に、思ったよりも多く20代の樹木医補の方々がいらっしゃいました。しかも、30歳前半で、樹木医補は無かった時代であっても、大学の森林総合科学的なところを卒業された、生物、樹木、環境科学などの生物化学的な基礎知識はバッチリな方々の参加も多く、樹木医補&森林系の学科出身の方々は高校生物の記憶すら消えてしまっているような私になんかと違い、樹木の構造、生態などの問題はスラスラと答えていらっしゃいました。

そんな風に、樹木医も若い人材を増やそうとしているのだなあと思う程、20~30代の受験者も増えているようで、つまり、私がマークシートで挫折しがちだった樹木の基礎知識について、こんなに簡単に答えられる人たちがライバルなのだと思うと恐ろしい限りでした…。

私自身は短大で造園を専門にしてまして、一応生態学などの授業もあったし、山に入って植生調査をしたりもしていたし、自分の基礎知識が素人レベルだとは思っていませんでしたが、高校の生物が身についていなければ素人同等なのね、と、まあ5年かけて勉強しながら気が付きましたので、ぜひ、過去問だけをひたすら頑張って玉砕した方には「樹木医の手引き」と「高校の生物基礎の参考集」を合わせた3点セットで再チャレンジして欲しいです。

ちなみに私は、初回のH25年度に過去問だけをやって挑んだところ、マークシート過半数得点できていたのに論述がボロボロで不合格という結果でした。まあ、時間が無かったので論述は次の年だなと納得の結果。H26年にはマークシートは相変わらず過去問で対策して論述対策もがんばって挑んだところ、なんとマークシート過半数とれておらず、論述を採点されずに不合格になるという、予期せぬ結果に終わりました。この油断からの連続不合格は精神的ダメージが大きくて、ノイローゼ一歩手前レベルで追いつめられましたが、まあ、毎年受験会場に行って名前を書いて試験を受けさえすれば、会場に行かない人よりも合格に近づけるんだ、と言い聞かせて5年も試験会場に通いました。「受験する」というのが合格に近づく一番の秘訣ですね、当たり前ですけど。

という事で、前置きが長くなりましたが、今日は私の行った勉強の基礎学習方法を紹介します!

 

■基礎学習の方法■

樹木医の手引き」を1回全部読む。(※意外と飛ばし読みしたりしていませんか?始まりから終わりまで、表の中ももれなく全部読む。)

・東大、京大生の受験勉強を参考にしました。彼らは教科書を7回読むそうです。最初は意味が分からずただ読んでるだけでも、何度も読むうちに意味が分かって理解できるようになるそうです。ちなみに、3回読めばなんとなく理解し始めるそうなので、私は時間がないこともあり、とりあえず3回読むことを目指しました。

・通勤中やお昼休みの隙間時間で勉強するために携帯するには「樹木医の手引き」って分厚過ぎですよね。樹木医の同期に、この手引きを「章」ごとにカッターで分割している方がいらっしゃいました。こうすると章ごとで持ち歩けるので出先でも勉強しやすい!ナイスアイディア!


樹木医の手引き」内で、過去問に出てきた箇所をマーカーでチェックする。頻出箇所は色分けをするなり波線を引くなりします。

・過去問に出た内容は最低限覚えるようにしました。頻出箇所は要チェック!

高校の「生物基礎」参考集を買う。

参考集の中の植物に関する項目、昆虫の生態に関する項目を1回全部読む。

※高校生物には「生物」と「生物基礎」の二科目がありますが、樹木医の勉強には「生物基礎」で十分です。問題集ではなく、カラーの図解が中心の参考書を使いました。

樹木医の手引きでは、こうした生物科学の基礎的な部分は分かっているものとして省かれています。基礎が抜けている私のような人間には、過去問中の「ゴルジ体」や「母細胞は2n」やら「亜高山、高山帯、山地帯の植物」などが意味不明でしたが、生物基礎に答えが載っていました!学校の勉強って大事だったんだと30代後半で身を以て理解しました!

過去問を1回解く

樹木医の手引きを読む(2回目)

生物基礎参考集を読む(2回目)

※過去問で分からなかったところは重点的にチェック!

過去問を解く

樹木医手引きを読む(3回目)

生物基礎参考集を読む(3回目)

過去問を解く

※理想は10年分、私は8年分でした

※5回は解いて反復しました。

 

つまり、読書×3回、過去問5回を最低限やりました。が、これだけではカバーできないものもあります。生物基礎では植物全般の構造を学べますが、樹木に特化した構造についてはここにはあまり出てきません。そして、樹木についての基礎は樹木医の手引きに載ってはいるものの、やはり知っているものとして省略されている事もあるように思え、不安になっていたところ、日本緑化センターだったのか、樹木医会だったのか、ここはうろ覚えで申し訳ないのですが、樹木医の公式な何かのホームページに、樹木医試験に合格した人達が勉強に用いた本の「ブックリスト」を掲載したページがありました。ここを参考に、私が実際に読んだ本の中でも基礎知識の勉強に役立ったものは下記になります。ちなみに、これらの本は論述対策にも有効でした。

・「樹木学」ピータートマス(著)/築地書館

・「絵でわかる樹木の育て方」堀大才(著)/講談社

・「絵でわかる樹木の知識」堀大才(著)/講談社

・「シュトゥプシの樹木入門」Cマテック(著)/日本樹木医

・「気象と地球の環境科学 改訂3版」二宮洸三(著)/オーム社

 

最初に書いたように、一年目は過去問のみの勉強でしたので、一応過去問は一通りやってみた上で、上記の「樹木医の手引き」&「生物基礎」の本読みを織り交ぜた勉強をしました。はっきり言うと、こんなに基礎を徹底して勉強したので時間が足りず、その結果2年目も不合格だったのではないかと思います…。1年で合格を目指す人のための効率の良い勉強方法ではない可能性がありますので、そのあたりはご自身の優先順位に合わせて程ほどに参考にして頂ければ幸いです。

 

祝6年目&つくばの思い出

春ですね。

今年は4月を待たずして桜が見ごろを迎えるなんて、誰が予想できたでしょうか。個人事業主仲間と共に大阪城公園で恒例のお花見をしようと、幹事の私は4月の二週目にその予定を組んだのですが、京都市内では4/4時点で既にソメイヨシノは散りまくり、萼片(がくへん)を残すのみとなっておりますので、我々のお花見は萼桜の中での開催が決定となりました。

 

そして、前回このブログで「樹木医試験の事とか、どんどん投稿しちゃうぞ~!」とやる気を見せて、いったい幾月もの時が過ぎたでしょうか。言い訳が許されるならば「人間だもの」としか言いようがありませんが、あれから年が明け、年度が明け、気が付けば今年も日本緑化センターより、平成30年度の樹木医試験の募集要項が解禁されました。

ちなみに、29年度の新人樹木医となれた私は、2月~4月の間に樹木医としての活動のベースとなる団体(NPOや地域の樹木医支部)の歓迎会や、技術講座に参加しながら、ペーパー樹木医で埋もれてしまわぬようにコネクションづくりに努めております。歓迎会で先輩樹木医さんから「最初の3年のスタートダッシュが肝心で、ここがペーパー樹木医となるかならないかの分かれ道」とのお言葉を賜った通りに、スタートダッシュをしておりますが、今年はいよいよ一級建築士の受験をする予定ですので、樹木医試験からは解放されましたが、受験生ライフからはまだ卒業できずにいる今日この頃です。受験生しながらダッシュを決めるというのも、なかなかに精神力が試されるなと、正直、息切れしまくりです…。

 

それにしても、昨年は樹木医の試験とHouse "n" Landscape新刊発売プロモーションとが被って、嵐のような一年だったなあ…と、樹木医の二次試験でもある、つくば合宿の写真を見返しながら目まぐるしさを思い出しております。

二週間もみっちり、つくば市で泊まり込んで合宿状態で講義とテストを繰り返す日々でしたが、金欠の私には参加費(10万弱)+宿泊費(5万弱)+交通費(3万弱)の初期出費でのダメージが大きすぎて、同期受講者のみなさんが毎食コンビニや食堂で食事をしている中、サトウのごはんやボンカレーとキャンプ用の鍋、やかん、皿などの生活用品を段ボールで持ち込み、合宿所の給湯室で湯を沸かしたり、レンチンしながら自炊してひたすら出費を抑えましたが、54名の受講者中、自炊で乗り切ったのはなんと私一人でした。まあ、まだ仕事が軌道に乗ってないという悲しい背景を背負い、夫にお金を借りて参加したカネコマ社会人がそうそういる筈もない訳ですが、合宿中にボンカレーを食べすぎて、京都に戻った時には「しばらくカレーはいらねえ!」と第一声で叫び、夫に笑われました。京都ではうどん、だしまき、などの甘いおだし中心の食生活を送っている私はカレー中心の食生活で"だし"に飢え、希望を託して買ったコンビニのおでんのだしをすすった時に甘くない東日本の味だったのがきっかけでホームシックになりまして、そんな時に100円ローソンで買ったインスタントフォーの美味しかった事…(涙)。あのフォーのおかげで元気を取り戻し、合宿後半も乗り切れたと言っても過言ではありません。「独房」と噂される合宿所の自室で心行くまでフォーをすすったあの日の写真、プライスレス。(※えいようかんとリポDが、合宿のサバイバル感を醸し出しているのがおわかりいただけますでしょうか)

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合宿中は、テストで6割以下の科目が3科目を超えると不合格決定という掟に縛られ、二週間の内で休日が日曜日のたった一日しかない上に、その日もテスト勉強で心は休まりません。ですが、樹木が好きという人達が集い、樹木のことだけを考える、樹木まみれの二週間は楽しかったです。人生でこんなに樹木の事しか考えなくていい時間をとれる機会はこの先もこのつくば合宿だけなのではないかと思います。まあ、そんなテンションで暮らしているので、講義会場にもなっているつくば植物園では、ボンカレーで節約したお金で植物グッズを買い漁ったりするオチがついております…。

 

桜が散り、今年度も動き出しましたので、また夏の資格試験に向けて更新頻度が低下すると思われますが、実は4月頭でもじゃハウスプロダクツも丸5年を迎え、いよいよ6年目が始まりました!いやあ、まさか5年を乗り切れるとは思っていませんでした。母には「石の上にも3年」とは言われていましたので、最低3年は続けるつもりでしたが、手応えがなければそれも運命だと思って軌道修正をしてサラリーマン生活に戻る事を念頭にスタートを切ったあの日から、もう5年も経ったなんて!

「もじゃハウス」はメジャー路線を行ける建物ではないとは思いますので、今のところ、多くの方に受け入れられるところを目指してはいませんが、少数でも需要があるならば続けたいと思っていますので、6年目のもじゃハウスプロダクツを引き続きどうぞよろしくお願いします!

予告

ブログを開設してから随分と放置してしまいました…。

言い訳してもいいですか?実は夏から秋にかけてイベントが立て込んだ上に、樹木医の一次試験に通過し、二次の研修の準備やら本番やらもろもろで我が身を振り返りブログを綴る余裕が1ミリもありませんでした…。

そんな言い訳を信じるか信じないかはあなた次第な訳ですが、樹木医の二次研修で過酷な日々を送ったのは紛れもない真実でして、なんと、その甲斐あって、先週合格通知が届き、来月に証書を受け取れば晴れて樹木医になれることが確定しました!いえええーーーーーいいいいっっ(サンシャイン風に体をそりながら)!

ここへ来るまでに5年の歳月を費やしての合格でしたので、正直、マンモスうれぴーです。これで試験勉強からは解放されると思うとまあ多少の肩の荷が下りるってもんです。が、次なる一級建築士試験が立ちはだかっていますので、試験勉強生活からの卒業はまだ先になりそうです。

そして、これから時間を見つけて、樹木医になれたら絶対やりたかった事、「樹木医試験についてのあれこれ体験記」をブログに綴っていこうと思います。業界では地獄の研修と言い伝えられる二週間の筑波での合宿研修での日々もぜひ振り返りたい!

そんな訳で眠気が襲ってきましたので、今日のところは予告のみで終わりますが、これからしばらくは「樹木医」カテゴリーでバンバン投稿して行く予定です!

ああ、めっちゃ眠い…おやすみなさい。

 

 

商人の心得

気が付けばお盆目前の盛夏です。今年はイベント続きで慌ただしく、季節を感じる暇なく春と初夏を終えてしまったので、もう残暑になるのか!とびっくりな今日この頃。

最近はテレビでも夏の風物詩、怖い話特番が放送されていますね。実は私、怖い話が割と好きで、子供のころの夏休みは「あなたの知らない世界」を毎日欠かさず見ていました。

そして、この週末にたまたまテレビをつけたら怖い話特番をやっていまして、初老のタクシー運転手さんご本人が登場し、ここで乗せて、ここで降ろした、など、実際の場所を巡りながら、数年前に経験して忘れられない乗客の話が始まりました。

その内容は、

ある夜、随分と覇気のない若い女性を乗せ、ぽつりぽつりと会話をしながら1時間、目的地の交差点へ向かう。到着すると女性は「ここで待っていて下さい」と言って車を降り、交差点の角を曲がり、数分後に戻って来た。

再びタクシーへ乗車した女性の様子が気になり「どうかしましたか?」と声をかけると、覇気のない声で「私が、ここで死んだ、という事が、分かりました」と呟き、乗車場所へ折り返すよう頼まれた。

運転手は女性の言葉に驚き、あの世の者か、この世の者かも分からない乗客を再び1時間かけて元の場所まで送り届けたという恐怖を語っていました。

が、

私が驚いたのはここから。

なんと、到着すると運転手は運賃9000円弱の支払いを求め、女性は「必ず払います」と、運転手が差し出した紙に自分の名前、住所を書き、この住所にいる母が払いますと言い残し、運転手もその時はそれで女性を降ろしたが、後日その住所を尋ねるとそこはお寺であって、未だその女性が誰なのか、いったい書き残した住所にはどんな意味があったのかは分からず、どういう事だったのだろうかと恐怖と不思議が入り混じる体験を語る運転手。

 

って、

ちょっと待って、

私には、あの世の者かも知れない乗客に9000円を請求できる運転手のハートの強さがこの世の者と思えないんですけど。しかも、手持ちがないと精算を渋るあの世の者(仮)に運賃のレシートを渡し、裏に名前と住所を書かせるそのストロングさがやっべえぞ。

私だったらですね、未だに忘れられないレベルの恐怖であったならば、9000円程度はもう請求しません。金とかどうでもいいんで一刻も早く降りて欲しいと願い、降ろした瞬間にアクセルべた踏み、頭文字Dなみのドリフト走行で恐怖に震えつつ、一目散に立ち去る事だけを考えるのが精いっぱいなはずですし、そもそもあの世の者がお金持ってるなんて考えたこともなかった。もうこれは己の常識を疑えレベルで目から鱗。しかも、強く出たらあの世の者でも一応お金払うそぶりを見せるんかい!!というトリビアに10へぇ。後半のくだりのおかげで知らない世界への恐怖が吹っ飛び、いつも請求に弱腰の自分は寧ろ、現世で生きる人間の底力(つうか、生活力)に脱帽しました。

でも、スタジオのゲストたちは、そこには特に注目しなかったみたいで、このVTRの後に「いったい女性は何を伝えたかったんでしょうか」「怖いですね」と口々に言ってましたが、私にはあの世の者にもきっちり請求を怠らない商人の鏡のおかげで、渾身の力でこの世に出てきたかも知れない問題の女性の存在は霞み、己の弱気な商売を省みた夏の日でありました。

「おばけにも 怯まず出そう 請求書、歌丸です」

情熱的大陸

ブログデビューから5日、相変わらずプロフィール写真がババアのままです。

初日はブログに50件のアクセスがありました!と言っても、アフェリエイトをしている訳でもないので、アクセス数を稼ぐ事を重要視はしていませんが、孤独が心を蝕むという事実を、独立してからのこれまでの4年半で知ってしまいましたので、誰も見ていなと寂しくて死ぬ可能性があるなと。それだけは避けたいなと。そんな思いで50人(その内半数が自分のアクセスかも知れませんが)という数字を見て胸をなでおろしたラビットひがたです。

これからは、もじゃハウスのこちらの日記、週一くらいのペースで更新するようにしようと思います。そういう事は初めに決めておかないと、速攻更新が止まってレガシーになってしまう恐れがありますので。。。

さて、

日頃「まだもじゃハウス®が一軒も建ってない」と話題にすると、必ず「どうやって生活してるんですか?」と聞かれるんです。この質問、直接口に出される方と、こちらに気を使って頂き、口に出さないけれども「何で食べてるの?」と顔に書いてあるのが分かる方と二通りいらっしゃいます。そして、みなさまが疑問を抱く気持ちも分かる。私でも、自分と同じような人が居たら何で食べていけてるのかをぜひ聞いてみたい・・・。

私は5年前に勤め先を辞めた際、下請けで仕事回してもらうようにお願いしてもよかったかも・・・、と思う事が無いわけではなかったのですが、自分を追い込み、道なき道を切り開くぞ!という屯田兵にも似た心意気で脳内が満たされ、あっさりと過去と決別してしまったために(関係は良好です)、食い扶持ゼロからのスタートを切りました。

まさか、こんなに長く設計実績ゼロハウス!状態を続けることになるとは露知らず、1年間は有り余る時間を読書や映画やドトールコーヒーにつぎ込み、無事、貯金を食いつぶして嘆いていたら、現夫(当時は彼氏)から生活をまるっと面倒見るよと言ってもらい、ありがたく主婦として食うには困らない状況は手に入れまして、でも、月々少ないながらも別で借りてる事務所の諸経費(家賃2万5千円他)まで頼るわけにはいかないので、時に庭の設計の依頼を受けたり、時に前職の関係筋からランドスケープの模型を作ってくれという依頼を受けたり、それだけでは足りない時は短期でバイトしたりしながら凌いでいる訳です。そして、今年からは友人の会社を頼って時々バイトさせてもらったりしてます。という事は、「ハイパーフリーター設計士」というのが今の肩書と言えましょうか。

バイトしてると「仕事があるってすばらしい!」って思います。動いた分、お金になるなんて最高です。そうして、労働したお金を手にしたときは「生きてるって最高 みつを」と給料袋に一筆書きたくなるほど幸せを感じます。これも、サラリーマン生活を手放して初めて知ったありがたみですが、こういう日々を送りながらもじゃハウス®の設計士を続けている私は、恐らく世界で一番頼りない建築士なのではないかと自負しています。。。いや、まあ、道なき道を切り開くというのはこういう事なのかも知れません。私、営業スキルバリバリの人間性を持ち合わせていないもので、地道にやる方法しかなく、それが人目には「この頼りない人を応援せねば」と思わせるらしいです・・・。

そして、まんまと私の事を「応援せねば」と思ってしまったという方からお誘い頂き、9月に大阪でもじゃハウス®の展示をさせて頂けることになりまして、先日、その打ち合わせに出かけてきました。その時に、誰かの何かを始めるきっかけになるかも知れないから、もがきつつ道を切り開こうとしている私の開拓奮闘話を展示期間中のイベントでして欲しいとおっしゃって頂き、まさか、そんな情熱大陸のような需要があったなんて!と、結構びっくりしたと同時に、私の頭の中で葉加瀬太郎がバイオリンを弾きじゃくり、アフロがぶんぶんでした。

まあ、こんな頼りない人でもなんとかなってるんだよという事をお話しできればいいなと思いますので、お盆休み中に我が半生を振り返りたいなと、アサヒスーパードライ(ええ声&発音で)をグビッといきながら夏の空を見上げるハイパーフリーターであります。

ブログデビュー!

京都のもじゃハウス®専門建築事務所、もじゃハウス®プロダクツ代表のひがたです。今年で脱サラ&独立5年目だと言うのに、未だもじゃハウス®1作目の目処が立たず(そもそも設計依頼が実っておりません)こんな筈ではなかったとそろそろ危機感を覚え始めた今日この頃です。

だって、建築事務所を開設して5年、まだ一軒も建ってないんですよ!!!

死活問題。

そんな訳で、今年から積極的にSNSを始め、絶賛ツイッターひがたさん@もじゃハウスプロダクツ (@MojyaHouse) | Twitter)活用中な訳ですが、それでもまだまだ手応えが足りず。そんな中、日曜に買ってきて昨日一気に読み終えた、昆虫博士 前野ウルド浩太郎さんの「バッタを倒しにアフリカへ」(光文社新書)の中で、ブログで活動記を綴られていてファンができたというような記述があり、ザ・単純構造の脳を持つ私は、これだ!とひらめき本日に至ります。

まあ、とにかく今年は5年目にしてまだ建たない建築家(を目指す一般人)というのはさすがにヤバいなと、緊急事態宣言絶賛発令中です。

全くwebのイロハも分からない私が必死に作ったホームページも、その見た目から「ブログ」と呼ばれておりますが、私の中ではそちらは完全にホームページと位置付けておりますので、活動報告やニュースなどのまじめな記事はこれまで通りそちらで更新することにしまして、もっと個人的な日々の裏話とか、そういう事をこちらのブログで殴り書いていこうと思います。

まずは、今年4月に出版したミニプレス誌「House "n" Landscape4号」の取材裏話などを書いてみようかな。なんて思っておりますけれども、そんな事よりも、このブログのユーザー名mojya-houseのプロフィール画像ツイッターでも使用している自分の写真にしようとしたら何故だか反映されず、原因を探るために、パソコン内の適当な写真を選んでしまったら最後、漫☆画太郎先生のババア写真から変更がきかなくなってしまいました!オーマイガッ!!

それでは、今後ともブログをよろしくお願いします。ババアがお送りしました。